体験

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歩く意味 ― 壊れたら、また直せばいい

奪われた「当たり前」の日常 あの日、脳梗塞を発症した瞬間の、訳も分からずもがき苦しんだ記憶は、今も私の心に深く刻まれています 。どんなに新しい記憶を上書きしようとしても、決して消えることはありません 。 倒れる前の私は体力に自信があり、タフさが売りでした 。眠ることに対して不安を感じたことなど一度もなく、それは呼吸をするのと同じくらい、当たり前のことだったのです 。 しかし、発症から約2年間...
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再発が見つけた新たな希望

はじめに 発症10年目の再発は、私にとって大きな衝撃でした。私の命がいかに脆く、一瞬で失われかねない不安定なものという事実を突きつけられた。 人間には不必要なことは起こらない、すべて必然だと常に思っておりますが、再発前から引き受けていた、町内の世話役もいろいろと重くのしかかってきて、果たして二年の任期中に、私の命は持つのだろうか・・・。日々起こる問題解決に奮闘する毎日でした。 そんな払いきれ...
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10年目の再発

はじめに 脳幹梗塞(2014.3.24)を発症してから、もうじき10年になります。 障害を少しずつ克服しながら、新たな自分らしい生き方を構築しつつあるなか、まさかの再発(2023.12.23)でした。 今回は2ヶ月ぐらい経過すると、幸いなことになんの後遺症も残らず、発作前と変わらない状態に戻りました。 その出来事は私にとって良い薬になり、色々な気付きをもたらしてくれました。 経過 20...
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キャッチボール

なぜ、キャッチボール リハビリ病院を退院して、自宅での生活は、あまりにも変わってしまった、脳や身体の機能と、どう折り合いを付けたら良いかわからないまま、苦痛で、気が休まらない日々を、送るしか選択肢がない、自分の将来を呪っていました。 時々、息子二人が庭で、楽しくキャッチボールをしているのを、家の中から羨ましく眺めている自分が、情けなくて仕方なかったが、運命を受け入れるしかない現実に、心が萎える...
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リハビリに疲れた

私は幾度もリハビリに疲れ、何のためにするのか見失い挫折しました。その都度、なんとも言えない虚しさが身に充満し、途方にくれました。 何もあがかなければ、何も変わらないことに、自分を取り戻し、再び動き出し、何かを改善すると、リハビリの意味を自覚することが出来ました。 その繰り返しを、わかっていてもしてしまう、私は弱い人間だとつくづく思います。 自分のことを、冷静に見ることが出来れば、迷いも減ると...
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プラトー

プラトーとは? 脳卒中の後遺症の場合は、回復の量が少しずつ平らにきている、改善の停滞状態のことを、言っています。 軽いケガならば、少し安静にしていれば、自然に元通りになりますが、脳卒中の後遺症には、そのイメージは全く通用しません。 誰でもスポーツや仕事などで、伸び悩んだ経験があると思いますが、その時はもがき苦しんで乗り越えると、一段磨かれた自分に、気が付いたはずです。いろいろな工夫や努力や時...
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私の故障体験

はじめに 突然脳卒中を起こして、自分の体が自由に動かないという現実をどう捉えてよいか、これからどうしたらよいのか、考える余裕もないまま、日々がリハビリの世界へ放り込まれてしまい、自分なりに頑張って進むしかありませんでした。 しかし、脳卒中前は大病や大ケガの経験は無く、比較的丈夫で故障知らず、健康には自信を持っていて、ちょっとやそっと無理したって大丈夫、むしろ人の何倍も努力した分、得るものは大き...
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脳卒中でなくしたもの

はじめに 突然、脳梗塞で倒れて、何がなんだか心が乱れている中、今後どのように生きていくのか、いろいろと、考え直さなければいけないことに、直面いたしました。しかも、待ったなしの決断をしなければならなく、脳も後遺症の影響で、正常に判断できるか、自信がありませんでした。 しかし、複雑で他人に相談できないほど、デリケートな問題のため、孤独に、自分にとって好ましくないことも、決めなければなりませんでした...
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リハビリテーション

はじめに リハビリという意味は、何となく障害を負って落ちてしまった機能を、回復させてくれる所という、良いイメージを誰もが持っていると思います。 しかし、色々な目的が違う施設があるのに、リハビリという一言で、全て表してしまっています。 リハビリを受ける当事者になってしまうと、施設ごとに役割や目的、色々な制約や、保健制度の縛りがあり、複雑でよく理解出来ないままに、自分の麻痺を治したい願いと、一致...
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利き手を失うということ

はじめに 私自身のことしか書けませんが、病巣の部位や大きさ、高次脳機能障害の有無や種類、障害の程度も皆違うし、その人の家族や職業、年齢などのバックグラウンド、そして考え方や性格など複雑に絡むので、これが正解ということは言えないのものだと思います。 私にとっての利き手は、筆跡など私そのもので、何をする時も実現するために当たり前の存在で、失うことなど考えたこともありませんでした。 喪失感は凄まじ...
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