ゴルフの壁

全面否定

発症から6か月過ぎた頃、リハビリ病院に通院していた時に、セラピストから「何がしたいですか?」という質問があったので、心から「ゴルフ、野球、テニス」と答えたら「インドアで考えて下さい。」と言われる。
「私はアウトドア派で、インドアのことに関心がない。」と言うと、続けて「あなたがゴルフを出来たら本が書けますよ。」と言われました。
その時は、素直にしたい事を答えたのに、完全否定されてしまい、体調や思考力の不調、どうやったら元の身体に戻せるのかという知識もないので、何も反論できず途方に暮れてしまったのを覚えています。
妻に至っては「退院したとたんに冷たい。」と憤慨していました。
しかし今は、セラピストに不満を言って怒らせても、私に何のメリットも無いので、この流れに身を任せるしかありませんでした。
その後もリハビリそのものには手応えなく、免許証再取得と引き換えに発症10か月位で、リハビリ終了となりました。
リハビリから見捨てられたという喪失感が強く、免許証が返ってきたという感動が少なかったが、後に、免許証をとりかえせた、その敷居の高さと、重要性がわかる事となりました。
発症から1年半位は、私にとって辛く、暗い時期で、もがけばもがくほど、底なし沼に吸い込まれる感ばかりで、どうにもならない人生を味わっていました。
こんな時は、上手くいかないことを嘆くより、出来る事をコツコツするしかないことを、勉強させて頂ました。

迷子

リハビリ病院のリハビリを打ち切られてしまって、自分で何とかしようと思っても良い方法も見つからず、八方塞がりになっていた時、市役所から介護再認定の案内の通知が届きました。
ダメもとで受けた所、再認定が頂け、包括支援センターに「自分で通うことが出来るので、多少遠くてもリハビリをしてくれる所にして下さい。」と要望を伝えたところ、車で30~40分程の隣の市にある、発症から一年3ヶ月過ぎに、通所リハビリテーションに行けることになりました。
脳卒中に倒れてから、医療制度、リハビリの仕組みや単位、色々なことが理解できないまま、運よく流れに乗ってきたようだが、ちょっとでも外れてしまえば、とんでもない事になっていたと思います。
自分の人生は自分で切り開くと、信念を持ち生きてきた私にとって、流され、しかも行く先もわからない。自分の力がまったく通用しない。他人しだいで運命が変わってしまう。しかしどうにもならないし、仕方ない。
五十過ぎのおやじなので、ただの迷子のようでは話にならないと思い、今の自分に必要なことは、知らないでは済まないと、理解する努力が始まりました。しかし、情報源の乏しい脳卒中患者にとっては、複雑で忍耐を要することでした。

本当のリハビリ

急性期病院、リハビリ病院、訪問リハビリ、自費リハビリとお世話になり、20人以上のセラピストのセラピーを受け、色々な恩恵があり感謝しかありません。
セラピストは人柄、知識、考え方など、皆少しずつ違いがあり、良い所は全て盗んでやろうと、必死にリハビリを受けながら、私もネットや本から良い情報を探しています。
そんな中、どんなことをしても、元の身体になるためならすると考える私と、セラピストの間には大きな溝があることに、気付きだしました。
「脳幹を壊されて、後遺症が少しでも良くなった人を、見たことがない。」「これまでは良くなったかもしれないが、これからは良くならない。」「治らないから、麻痺と言うのですよ。」など、例を挙げればきりがありません。
要するに麻痺は回復しないと言いたいのでしょうが、私からすると、改善のさせる術を、知らないだけだと感じてしまう。もっとひどい場合は、麻痺を治したいと思う私のモチベーションまで、落としてやろうと、人をバカにする態度を取る人は、お断りをすることも致しました。
しかし、心あるセラピストの方々は、私の熱意や少しずつ良くなるのを見て、接し方が変化し、もしかしたらあなたならこの方法が有効かもしれないと、色々な提案をしてくれました。
私にとってプラスになったのは事実ですが、セラピスト達も、何かが変わったのではないかと、確信いたします。
患者本人にとってのリハビリの価値観は色々なので、私のような人は少数だと思いますが、現在に回復プログラムが存在したなら、誰もが普通にある程度回復し、もっと生きやすくなると思います。ネットや本に書かれている回復の根拠が、具体的なセラピーとなって、リハビリ現場まで浸透する日が来ると良いと、希望しています。

再学習

発症二年過ぎになると、私の思考力や体調も復調しはじめ、私にとって好ましくない情報にばかり突き当たっていた、ネットや本も役立つ情報にたどり着くように、なっていきました。
誰もが自然治癒力があり、安静にしていれば元の体に戻るのは、普通のことと考えていると思いますが、脳卒中の後遺症に対しては、通用しないということを学びました。
例えば赤ちゃんは、一年位は立つこともやっとで、歩けるまでには、尻もちをつきながらトライし続けて、よちよち歩きから段々と安定していくというような、発達のプロセスを辿りますが、それに似たようなことを、行う必要があるようです。
しかし大人になると、歩くというのは何の意識もなく当たり前のことで、小さい頃どのように歩けたかの記憶は失っていて、どうしたら歩けるかと考えたところで、その術はまったく無く、むしろ転ぶことの恐怖で動けず、情けない体になってしまったと、嘆くしかないと思います。
本当は発症直前まで、色々な行為は気が付かないうちに、効率よく成果が上がるように、熟達し続けていたが、発症後それを失くしてしまって、ショックに打ちのめされてしまうし、子供の頃からやってきたことを、再学習すれば良いとわかっていても、格好悪すぎるし、面倒くさいので、あきらめざるを得ないのが、現状ではないでしょうか。
脳神経学的には、生まれつき運動神経の良し悪しは無く、反復練習の質と努力で決まるそうです。生まれながらの天才などいないということです。
アスリートが必ず答えることに「練習は裏切らない。」という言葉を良く耳にしますが、真実を物語っているのだと思います。
脳卒中の後遺症は、強くて手強いかもしれませんが、やり方や、考え方次第で何とかなる部分もありそうです。

妻と二人三脚

ゴルフクラブを振ってみようと試みだしたのは、発症二年目頃だったと思います。
クラブを振るために必要と思われる体の機能は、全く整っていないという自覚は当然あったが、今現在の自分のゴルフをする為の問題や課題を感じたかった。
何より心が疼き、とりあえず行動してみたかったことの方が大きかった。
それまでもYouTube動画で、脳卒中になっても、片手でゴルフを楽しんでいる方を見ていたので、思いはいっぱいになっていたし、私にも出来ると確信していました。
いざ練習場に行こうとすると、キャディーバッグを運ぶことが出来ない。どうトライしてもまったく話にならないくらい、私の自由にならないし、練習場の雰囲気すら壊す。
その場に行く資格もないと、自覚せざるを得ないが、妻にお願いして、ひっそりと練習場の隅で打席を取ったのを鮮明に覚えています。
心が満たされない日々を送っていたが、練習場とはいえ私にとっては、楽園のように非日常に飛び込んだように心が騒ぎました。この時、妻にお願いしてでも、自己実現する重要性に、気付いた瞬間だったと思います。
健康な頃なら、そんなこととんでもないことで、自分のやりたいこと位は、勝手にやるべきだと考えていました。
倒れてから妻や家族には、言葉で言い表せないほどの、私の世話に巻き込んでしまい、それがもっとひどくなるか、いつまで続くか見えない中、何とか立ち上がろうと努力する私の気持ち以外、報いることは出来ないと考えました。
妻にしてみれば、体が病んだのはしょうがないが、心まで病んだら困り果ててしまうと思い、自分も何とか前向きな心を保とうとしています。その中に妻と二人で実現する又は、ダメで元々手を変え品を変え、トライし続ける姿勢を見てもらうぐらいしか出来なくなった私だが、まだ終わってないということを、一緒に見てもらうことだと思いました。

初心者以下

発症二年目頃、練習場で爽快な思いとは裏腹に、課題が思った通り多く、ゴルフをするのはまだ無理だと、はっきりわかりましたが、私にとって良いリハビリになることもはっきりしました。
私は右片麻痺ですが、ゴルフを楽しむのと、リハビリと心の健康をセットに考えることを基本として、頑張り過ぎず、焦らず、自分のペースを崩さないように行うべきと思いました。
手に関しては、右手はクラブを握る事から、始めなければいけませんでした。
スイングの途中で右手が固まり、ボールを打ちにいかず、クラブは左手のみで振ってしまう。
右手はトップあたりで止まり、私が思っていた以上より根が深そうでした。
しかしリハビリも目的の一つなので、右手を見捨てることはせず、両手でのスイングを目指す。体幹や下肢もスイングの軸を作ることが出来ずグニャグニャで、全身がゴルフをするレベルにない。
私の体の回復がどの程度かで、ゴルフの楽しみ方の形も変わると思いながら、今はゴルフのことより、生活に必要な基本的な機能を上げることに、集中しようと考えました。
半年に1~2度位ゴルフ練習場に通う、その程度がちょうど良さそうでした。
その間は自宅で時々、素振りをする。クラブを振る感覚を体に覚えさせるという、時間が掛かりそうなトレーニングになると、覚悟しました。

歩きやすくなった

足はあまり意識を使わずに、動作しているのが普通です。
立っている時や歩いている場合など、力を筋肉に入れて、体重を支えるなど、意識的に行わなくても、自然と出来ている。いちいち考えながら足を動かしていない。
しかし脳卒中後の麻痺した足は、その機能を失っていて、相当に考えながら立ったり歩いたりしないと、役目を担う術を失くしてしまった。
しかも杖や装具に頼らなければいけないし、その操作にも意識を使う。
ちょっと歩くだけでも、疲れるのは当たり前だと思う。私の場合は7年過ぎた今でも、色々とトレーニングの成果が出てきているが、左右の足に五分五分には重心がかかってはいない。少しでもバランスを崩しそうになると、左足へ一瞬で依存度が移ってしまう。転倒しないためには仕方がないと今は思うが、正常に近づけようとするには、右足の支持性を上げることだと考えます。
右足は足首・ヒザ・股関節を、外側へ逃げてしまわぬように意識し続けていないと、無意識に左足への過重が移ってしまう、という問題に試行錯誤していた。
ゴルフを再び出来るようにしようと、打ちっ放しに脳卒中後はじめて行った時、まったくボールが飛ばない。ドライバーで100ヤードすら行かず、勢いのないボールが情けなく飛ぶ感じ。しかし再びゴルフができること自体に、快い感じでいっぱいで、嬉しくてたまらなかった。
その上ものすごく歩きやすくなったという、思わぬ副産物がありました。
毎日のように意識しながら歩いていますが、ゴルフの練習をした方が歩きやすくなるとい
う事実。最初はたまたまかもしれないと思っていましたが、毎回ゴルフの練習をすると歩きやすくなる。
ボールを少しでも飛ばそうと考え、頭の位置・体幹・腕の振り・骨盤の向き・足の踏ん張りなど、倒れる前はどんな感じだったのか思い出しながら、ただただ思い通りに飛んでいかないボールの事だけを考えて、練習していただけだが、ゴルフはなかなか上手くならなかったが、考えてもみなかった、歩きやすいという不思議。
全身の動きをバランス良くしないと、クラブを振るだけでも厳しい上、ボールを打つということは、相当に敷居の高い運動レベルだと思う。
今までの体験から、ただボールを数打てば解決するとは考えていなかったし、変な動きの正体は筋力低下も一因だが、感覚がなくなっていることの方が、重要なのもハッキリ分かっていた。
健康な頃は何も考えず、思い切って振りさえすれば、飛距離や方向性も十分にあったので、あまり細かいことは、気にしないで楽しんでいました。
しかし脳卒中を経験し、思い通りにならない自分の体と向き合いながら、気長に付き合ってくると、幼児や小学生に教えるように、わかりやすく優しく付き合えるようになってきました。ゴルフの基本も改めて学び、へたくそになってしまったが、ゴルフの本当の楽しさを、大きく理解することになって満足できます。
きっと歩くトレーニングだけでは、身につけられない多くの事を、一段上った運動をすることによって、自然とトレーニングになっていたのではないかと感じました。

わがままになった運動

打ちっ放しの練習場で初めてボールを打った時、PWから試したら意外と出来ることに、それまで心配していたことが、一瞬で喜びに変わりました。
狙った所より左へ行ってしまうが、ボールが打てる快感が、そんなことは気にならなかった。しかし8番アイアンでボールを打とうとしたら、トップまでは良かったが、打ちに行くと右手がグリップを握っていない。左手だけでスイングしてしまうことにギョッとした。
右手はトップで止まったまま固まっていて、体が打つ動きが出来ず回らない。
フェアウェイウッドやドライバーになるほど、スイングが成立しなくなる。
脳卒中後から気長に根気よくトレーニングすることが、無理と思える事でも、解決してくれるというのがはっきいしていたので、ゴルフも初心者以下からやり直す覚悟がありました。
体中がボールを打つという感覚を失くしてしまった。ショートアイアンなら振れるのに、ミドルアイアンより長いクラブを振ろうとすると、体が固まってしまう。
ショートアイアンは左足体重のままでスイングするが、長くクラブがなるほど、右足への体重をかける比率が高くなるのが、原因の一つと思いました。
9番アイアンで力まずスイングする練習に目標を設定し、麻痺している右半身が、どんな動きになっているのか意識しました。
スイングが正しく出来るかを中心に考えて、どんな球筋が出るかを見ながらトレーニングすると、ますます再学習することの難しさにぶつかりました。
手や足だけに注目して動きを意識しながら直すだけでなく、全身の動きが変なので、同時に
何ヶ所かに、意識する必要が出てきたという事です。
脳卒中以前は、体のどこかを注意すれば、全身が自然と連動してくれたと思うが、全身が協力して一つにまとまらない、わがままに好き勝手にふるまってしまい、統制が取れない感じになってしまっている。それを束ねるには、ただ一生懸命に練習するのでは足りない。
もっとスイングやボールを打つことに対する理解や、体や動きを目的に向かって、調整出来なくてはいけない。もしも克服したなら、後遺症は治ったと言えるのだろうか。
脳卒中後ゴルフなど出来るわけないと言われていたので、もう少しで楽しめる所まで来ているという実感が、私の挑戦心を、煽っていたのは間違いないです。

打球感

ゴルフの練習で、ある程度ボールが打てるようになったと、同時に気付いたのは、右手が打球感をほとんど感じない。
左手では良い当たりだとか、芯を外れたとか伝わってくるが、右手は感じない。
でもボールを打っているという、動作と感じに一体感がない。
特にパターは大問題で、距離感が悪いだけでなく、カップに入る感じがなく、カップの方向に打てるが、カップの中に入らない。まったく面白くない。
セラピストに相談すると「肩がぐらついているので機能を改善すれば良い。」と言うが、何か納得出来ずしっくりこない。自分の思った所に打てるのに、機能だけの話ではないと思います。
ゴルフの仲間に相談すると「もっと練習しろ。」そっちの方が納得出来ました。
機能改善が万能ではなく、感覚を研ぎ澄ますことの方が大きいと思います。
メチャクチャなスイングスタイルの人でも、スコアーの良い人は、ゴルフを自分のものにしている。その人なりのゴルフ感を持っていて、他人が口を挟むことはヤボそのもの。
プロゴルフの試合だって、個性のあるスイングをするプロや、そもそもスコアーも相当な差が生まれる。体の機能のことばかり、気にして練習している人はいない。
脳卒中で失った機能にこだわりすぎると、本当の意味の回復を見失うと思いました。

覚悟

発症四年頃になると、介護保険の申請をしないほどの回復をしてきました。
発症初期の状態から考えて、ここまでこられると、思っていなかったが、今は通過点で、まだまだ回復出来ると考えています。
現在は練習場のみですが、ゴルフをするというのは明確な目標になるし、それ自体が私にとっては、リハビリになることは間違いないです。しかしコースでラウンドするには、歩きや体力、ゴルフスイングや運動負荷、易疲労性や睡眠、まだ色々解決しなければならない問題が多いし、自己責任の範疇だけにとどまらず、他人に迷惑が掛かってはならないので、慎重な考え方も必要だと思います。
私の年齢になると、健康な人でもボールが飛ばなくなったとか、疲れるからなどという理由で、ゴルフを止めたという人がいるくらいなのに、脳卒中になっただけでも、ゴルフをするという入口は、非常に狭くなったと言っても良いと思います。
そこをするというのだから、いろいろな覚悟が必要だと思います。もし出来たなら感謝以外思いつきません。

回復の途中

発症四年過ぎ頃からゴルフ練習場へは、月に1~2度程度に回数は増やすことが出来るくらい、回復や環境も耐えられるくらいになってきました。
他人から見れば、下手くそなゴルフ好きなおやじが、大汗をかきながらやっていると映るだろうが、当の本人は練習のたび、色々な気付きや自分のなかで感じる程度の、上達の手ごたえがあり、徐々に運動神経の学習は起こり、体の機能も少しずつ良くなっていく感じがしました。脳卒中の後遺症の一つに、効率の悪い身体になっていて、2.5倍の運動負荷がかかっていると、本に書いてあったが、運動を少しでもすると、心拍数は直ぐに上がるし、大汗もかくなどから自覚はあります。無理は禁物だが、徐々に耐久力を養うことにもなりそうです。色んな動作において、麻痺側のタイミングが遅い。そのことを、ゴルフスイングに生かす知識や努力を、積み重ねる必要があると感じました。トレーニングの意義を色々と意識しながら、有意義な時間を過ごしている満足感を、満喫しています。
しかし練習後3~5日は、左側の疲れや痛みを癒す時間が必要で、心が落ち気味になりましたが、良くなるプロセスと自分に言い聞かせ乗り切っていきました。
右側は確実に回復してきているが、左側が全て負担を負ってしまって、右側が痛まないのも不思議でしたが、ほとんどメカニズムに関して分からないし、今はどうにもしがたいので、もう少しこのままやってみようと思いました。
この頃のドライバーの飛距離は200ヤード位になりました。
始めた頃よりは、倍飛ぶようになっていますが、回復が進めばもっと飛ばせるはずです。
回復のバロメーターの一つになると思います。

雨の中のラウンド

脳卒中発症前から長く参加していたゴルフコンペも、発症後はお休みを頂いていました。
近所の同世代のおやじの集まりです。
発症から丸5年が経ち、意を決し参加することに致しました。
それまで練習場で少しずつ積み重ね、ショートコースで二回ほど友達と、ゴルフになるか試した結果、何とかなると感じがしました。ダメで元々、途中で無理になったら、カートに乗って帰って来ようとも、考えた上での挑戦でした。
一ヶ月以上前から、体調や睡眠を整えることを中心に生活を送り、当日を迎えることが出来ましたが、あいにくの雨でした。
私はスタート前に練習がやりたくて、コンペ仲間を誘いましたが、「この雨の中ではやりたくない。」と誰も付き合ってくれません。
このゴルフ場に来たお客も同じ考えだったのでしょうが、練習場は私一人の貸し切り状態でした。それはかえって私にとって、再びゴルフを始められることを、祝福してくれているような清々しい静寂の中にいて、夢心地な体験となりました。
いざスタートとなりましたが、練習の良い成果は無く、メチャクチャなゴルフになって、スコアなど覚えていないほど、酷い始末でした。
しかし良い気付きも多くありました。18ホール歩く自信がなかったが、カートを利用すれば心配ない。
リハビリでは2kmを歩ければ良いとしていたが、ショットしてカートに乗り休み、またショットするというペースなら何倍も歩ける。しかも芝生の上は歩きやすく、疲れにくいこともわかりました。
昼食には、お酒を交えてゴルフを満喫するのが、私には好ましいと思っていましたが、アルコールに酔うと運動神経が余計に悪くなってしまい、ゴルフそのものを楽しめなくなることがわかり、ゴルフ中は禁酒としました。
発症前は、ゴルフ場で遊ぶことは当たり前のことになっていて、特別な感動も無くなっていたが、なんと別世界で優雅に遊んでいるという、感謝が生まれました。
ケガをしないことが、もっとも大事な目標でしたが、それを中心に考えて行動していれば、無理なことはしなくて済むこともわかりました。
マナーさえしっかりと守っていれば、人それぞれの楽しみ方を認めてくれる懐の広さを感じ、心がいっぱい癒されました。

主治医と私

主治医にゴルフラウンドに行けたことを報告すると、「せっかくここまで回復したのに、自殺に行くようなものだ。」と強くいなされました。
医師は患者の健康を考えての、非常識な行動をやめさせようと、真剣な思いでの発言だと思います。ありがたく感謝いたしますし、深く受け止めたうえで、覚悟をして注意深く行うことも理解していただきました。
やりたいこともせず、安全に長生きすることも、大きな意味もあるし忍耐も必要です。
私は寝たきり生活に近い体験の中から、ただ生きているだけというのは、辛く苦しく時間が進まず、生きる価値を見出せないことをはっきりわかりました。
だから私らしく生きる為には、リスクも覚悟して進みたいというのが私の思いです。
主治医に対しては、私の健康管理をしていただくだけでも、ありがたいことですが、私の思いや行動も知っていただいた上での、医師と患者の関係を構築したいと、勝手に考えています。
医師として無理なことをしている患者なのに、血圧や健康の数値が良いなぁ~とか、悪くなったのでやめなさいとか、私のバックグラウンドも知った上での、アドバイスを望んでいるだけです。
後遺症を克服するための挑戦をする上での、大きな目安になっているのも事実です。
主治医との関係は大切にしなければならないと思います。

わがままなゴルファー

ゴルフラウンドが出来たことは、ここまで回復することが出来たという達成感がありますが、通過点とするためには、乗り越えなければいけない課題も見つかりました。
1つは、安全にゴルフ場まで行って、プレーして帰って来ることです。
健康な頃は、何のストレスも違和感もなかったことですが、回復途上の私にとっては体力や注意力に自信が持てない。むしろ慎重すぎる方が、自分自身や家族の為には必須になってくると考えます。特に自動車の運転は、行きは問題なくとも帰りは心身が疲労困憊している中、万が一のことも許されないと思うと、今は対策をしなければ、ゴルフ諦めた方がよさそうです。
妻に相談すると、手を抜くことが出来なく、一生懸命に何事も取り組んでしまう、その結果今の私の限界を過ぎてしまうことがある。無事に帰って来るのを心配している位なら、運転手をしてくれると言ってくれました。
普通に考えたら有り得ない事ですが、今はお願いすることに致しました。
練習場では1人なので、あまり他人への配慮はいらないが、ラウンドは通常4人1組でプレーするので、同伴者に不快な思いはさせてはいけない。1日中ゴルフを楽しむパートナーとしての、役割は果たさなければならない。下手くそなおやじを誘ってくれるだけでも、感謝しかありません。
気温の高い夏期はやらない、2ヶ月ほどプレーの間を開ける、禁酒、ケガをするなど言語道断、ゴルフカートは必須など自分なりの制限をしました。
そんな事だけでもわがままなゴルファーだし、誘いにくいと思います。
皆さんの理解があった上で成り立っていることに感謝しながら、続けていく勇気をもらいました。

初めての右側からの痛み

発症から6年半過ぎに、ゴルフを楽しんだ後に、麻痺側が本当の回復が起こり始めたのか、それまで沈黙していた右側が痛み出しました。全身がバラバラになったような感じで、1~2週間位は生活が成り立たないくらい動けない状態で、体調も悪く戻すのに1か月位かかり、ゴルフを楽しむには2ヶ月くらい必要でした。そうなる半年くらい前から、ゴルフラウンド中に9ホール前後まわると、急に麻痺側の体の繋がりが壊れたような感じでスイングにならず、急に大たたきが始まってしまうが、どうにも修正ができないということが起こっていたのが、前触れだったような気がします。
発症から振り返ってみると、ただ歩くだけでも辛い時期が長く続き、乗り越えるのにたいへん苦労をしました。発症前の何気ない動きを取り戻すためトレーニングして来たから、今の段階を経験出来ていると思います。
その都度、めげそうになりながらも諦めなければ何とかなってきました。これからも自分のペースを守りながら進んでいけば、改善し続けると思います。
今まで麻痺側の改善は少しずつ起こっていましたが、やっと運動を作る上で、麻痺側も参加する準備が出来たような感じです。
片麻痺というのは、体のバランスや脳の活動などが、左右で協力しない無駄な活動を、どうなだめながら折り合いをとっていったらいいのか、本人も理解出来ない辛さがあります。良い側からすれば、足手まといでしかないが、麻痺側も何とか付いていこうとしているが、邪魔する気などないのに、足を引っ張ってしまうという感じです。
麻痺側が痛み出したのは、トレーニングのストレスを受け止めだし、左右が一つの体として動き始めようとしていると、良いイメージすることに致しました。
しかしその痛みはただの筋肉痛なんて生易しい感じではなく、ラウンドゴルフプレーをする自信がなくなり、しばらくは練習場のみで、自分の体の変化を観察してみようと思います。

グリップ交換

発症7年過ぎにアイアングリップを交換したいので、ショップにお願いするのは簡単だけど、右手の能力を試すためにも自分で行うことにしました。
知識も経験もなかったので、ネットで作業方法を調べ機材や道具を購入して、とりあえず1本のみ挑戦してみました。古いグリップを切はがし、古い両面テープをはがし、新しい両面テープを正しく貼り、溶剤を両面テープと新しいグリップの内側にスプレーし、新しいグリップを差せば完了ですが、作業の感覚を右手に学習させながら順調に運んでいきましたが、グリップを差す段階で上手くいかなくなってしまい、6回ほどやり直ししなければなりませんでした。原因はシャフトに柔らかいグリップの口を上手く広げて差す感覚と、右手の押し込む力の加減や方向が、なかなかわからず苦労しました。良い学習と自信になり、全てのアイアンも後日完成することが出来ました。
なぜ、グリップを交換しようと思ったかは、それまでも右手にグローブを着けて打っていましたが、グリップとコンタクトしていない感じで、トップやインパクト辺りでズレる感じでした。もう少しホールド性を良くしたくて、太めの柔らかいグリップを試してみたかったのです。新しいグリップで、ボールを打った感じは、想像以上に良くなりました。
片麻痺の方が、ゴルフをするユーチューブ動画からも感じていたことですが、クラブを左利用や女性用に変えたり、片手打ちや両手打ちなど、様々な工夫をして楽しんでいる。
障害を負ったことにめげずにゴルフをしたいから、そのための努力を惜しまずするのは、潔い生き方に繋がると感じました。

柔道整復師

発症8年過ぎの私は、麻痺側の筋肉痛や故障の克服が出来ていないため、ゴルフラウンドプレーは出来ていませんが、1~2週間に一度は、練習場で150~200球打っています。
それにしても、今年の夏は暑いですね。未だに運動負荷が高く、効率の良くないスイングは、体には相当な負荷らしく、大汗を流しながら、ゆっくりと楽しくやっています。
やはりゴルフ練習中は、歩きやすくなる傾向がありますし、右手の打球感も改善し、体幹や右足も、しっかりしてきました。
2年ぐらい前から、背中や腰の故障に悩まさせられ続けて、思うようにトレーニングが出来なくなり、半年前から柔道整復師に週一回、体を見てもらっています。体が故障しても、何とかなるという安心感で、ゴルフをすることに本気で、挑戦出来るようになりました。
脳卒中の後遺症については、柔道整復師は、専門ではありませんが、痛めた体の対処方法は熟知されていて、リハビリとは別ですが、「麻痺を克服する」という私の思いには、心強い味方です。

 

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