眠る筋肉を呼び覚ます
10年目の再発での決意
脳梗塞の発症から10年、私の心には、後遺症がどこまで回復するかという「探究心」と、頭の片隅には「いつ、セラピストによるリハビリに区切りをつけるか」という葛藤が常にありました。
そんな矢先の再発でした。幸い軽症ではありましたが、命の儚さを思い知らされ、生きる意味を再認識することになりました。
「命の許す限り、自分らしく生きる」と決めた日になりました。
鍼灸師
ご縁があって「私の体のエンジニア」になってくださったのは、
・鍼灸師(東洋医学):神経刺激によるアプローチ。
・理学療法士(西洋医学):構造的な評価。
・オランダ徒手療法:関節や運動連鎖の評価。
を全て精通した、願ってもかなわないような方でした。
今まで出会ったセラピストの中には、何か一つの施術に精通していても、一方通行のアプローチからはみ出した患者が、悪いといわんばかりでした。
しかし、幅広い引き出しを持っていて、私の知らないアプローチをしてくれると、確信しました。
当初、その方自身も「10年も経過した患者の、想いに応えられるのか」と慎重な姿勢でしたが、施術を重ねるうちに、私のリハビリ体験や知識など、興味を持って下さり、今では共に歩むパートナーになっています。

足首を封印するブレーキの正体
懸命に歩いているのに足が重く、歩行スピードも人の流れに乗れない。
足音も「パターンズー」みたいな不自然で気になるけど、どうにもできない。
その原因は、足の奥底で、ブレーキを踏みっぱなしにしている筋肉の存在でした。
そのブレーキの正体は、足の裏から太ももを通ってお腹につながる「ディープ・フロント・ライン」という深層の筋肉の緊張です。
・後脛骨筋(土踏まずを引き上げる、ふくろはぎの奥にある筋肉)や内転筋(内もも)が硬くなると、まるで自転車のブレーキを引きずりながら、坂道を上っているような状態になります。
・本来は柔軟であるべき後脛骨筋や周囲の組織がカチカチになると、まるで絞られた弓の弦のようになります。この弦が強すぎて滑り込もうとしている距骨を、前に押し戻してしまう。
・筋肉単体ゆるめるだけでなく、足首全体の「組織のゆとり」を取り戻すこと。
・弦(筋肉)の緊張をとり、蝶番(足首の関節)が動くスペースを作ってあげる。
そして、私の場合パンパンだった内転筋が、プロの肘による圧を加えられるようになるまで一年かかりました。「魔法のように一瞬で治る方法は無いようです。」
すると足の振り出しがスムーズになりました。
大きなブレーキ(内転筋)、小さなブレーキ(後脛骨筋)を外れた時、歩行は「頑張る」から「勝手に進むもの」へ変わり、足首の封印は解かれるのです。
呼吸-回復への鍵でも記したように、足元が良くなれば呼吸のしやすさなど、いろいろと全身の整いに、つながることになると思います。
二つのアクセルへの転化-腓骨筋と長趾伸筋
エコー画像
いろんなセラピストから麻痺側の筋肉が「しょぼい」と指摘され、私もそれは触れた感じや、自由にならない体から、セラピストにいちいち言われなくても、わかっていました。
10年経って、初めてエコー(超音波)画像で、左右のすねの筋肉の違いを、確認する良い機会を得ました。
左足のすねが標準の筋肉とするなら、右の足は弱々しく細く、筋線維がほとんどない「空っぽの足」でした。
腓骨神経麻痺とわかっていたものの、目に見える形で「絶望感」と「納得感」を体験できました。
電気針による点火
まず腓骨筋(足の外返し)への電気針刺激をしました。
最初の時は「今電気を流しましたが感じますか」と聞かれましたが、ほとんど感ないまま1分ほど続けると、電気が突然流れ始め、足が少し動き出しました。
この現象をお聞きすると「完全麻痺だと全く電気が流れないが、反応があるから大丈夫です」と希望の言葉でした。回を重ねると、少しずつ電気の通りが、よくなっていきました。
次のターゲットは長趾伸筋(指を反らしつま先を持ち上げる)でした。
この二つが機能することで、足首を安定させ、つま先が地面に引っかかるのを防ぎ、力強く地面を切り出すことができます。
まさに「歩行の推進力を生むダブルアクセル」です。

継続と調整
内反尖足とハンマートゥーの影響で、腓骨筋も長趾伸筋も伸ばされきっていました。そのため縮む力を出すことが、物理的に難しかった。
両者が動き出すことで、負のループが打破され、本来の形を取り戻し始めました。
私もそれに合わせて歩き方を、正常に近づけるトレーニングをしました。
電気鍼で火をつけて頂いた感覚を、自分の脳に再構築するのは、私の役目だと思います。
それまでは、片足立ちは「ヤジロベー」のような形で、手でバランスをとっていたのが、右足を見ると微妙に左右に動いてバランスをとっていました。
そこには、回路がつながろうとして、努力している様子がありました。
過緊張というノイズ
筋肉の喧嘩
麻痺足の親指だけ、そっくり返っていることがあります。
長母指伸筋(親指をそらす専用の筋肉)の親指を下に曲げる誘導を、ゆっくりしリラックスさせることによって、その周りにある筋肉にも、「しなやかさ」な感覚を伝えることに繋がります。
それぞれの筋肉は、運動の調節を無意識のうちに、力を入れたり、抜いたりしています。
それが脳卒中の後遺症によって、できなくなってしまいました。パンパンに張った筋肉は「情報のノイズ」でいっぱいの状態で、「今、自分の足がどこにあって、どう動いているか」という感覚情報が、脳に届きにくい状態です。
まず、力まなく支え、動かせるという安心感を、脳に再学習させる必要があります。必死に動かそうとする努力を、どう力を抜くのかが大事なリハビリになるはずです。
警戒モードを解く
足三里(膝から指四本下で、前脛骨筋の上)というツボを、私は寝る前に、お灸をすえることを教わりました。
リハビリで疲れすぎた体と心を解放する、眠りの前の儀式なようなものです。
私にとってのリハビリとは、動かないところに力をこめるというより、余計な緊張を落とすことの方が、健康な頃のスムーズな動きへの近道です。
そのためにも、「寝る時ぐらいはリラックスし、疲れを抜き、明日、楽しく生きたいからです。」
避けては通れない毎日の苦しみ
針治療によって眠っていた筋肉が目覚め、歩き方が変わるその時には激しい筋肉痛が伴います。
しかし、この痛みは、私にとって決して想定外のものではありません。
10年前の発症以来、その時々の痛みを乗り越えてきた経験があるからこそ、今の痛みもまた「望むところだ」という意識があります。
それは自由な動きを取り戻す過程で、どうしても避けては通れない関門なのです。
おそらく一般の方なら「これほど痛むならもうやりたくない」と足を止めてしまうかもしれません。
しかし、私にとって本当に恐ろしいのは、痛みそのものではなく「寝たきりになること」でした。 その恐怖に比べれば、新しい回路がつながるための痛みなど、喜んで引き受けるべき対価にすぎません。
結びに:リハビリの真意
私にとってのリハビリとは、単に失った機能を追うことではありません。
・動かない場所に無理やり力を込めるのではなく余計な緊張(ノイズ)を落とすこと。
・電気鍼で灯された「火」を、自分の脳で新しい回路へと育てること。
・そして夜は「足三里」にお灸を据え、明日を楽しく生きるために心身を解放すること。
10年という節目での再発は、私に「命の許す限り、自分らしく生きる」という決意を改めて刻み込みました。
これからも「私の体のエンジニア」と共に、この探求の道を一歩ずつ、しかし確実な足取りで進んで行こうと思います。
