内反尖足・下垂足

急性期病院

急性期病院に救急搬送されてから、3週間位はベッドから起きることも制限されていました。右手はまったく動かなく、邪魔なものという感じで、右足は動かすことがほとんど出来ないのに、一日中ユラユラと揺れているという、目に映る景色は長い夢か?現実か?頭がボーっとしていて、自分の立場すら、よく理解出来ない様子だったと思います。
点滴が外され、ホッとしていると、理学療法士(PT)が病室にやってきて、私を車椅子に乗せてくれ、廊下の手すりのある所に移動「さぁ立ってみましょう。」と私を誘導しました。
手すりに左手でつかまって、車椅子から立ち上がろうとすると、右足に力が入らないので、左足で乱暴に立ち上がると、左足の外側にクロスするようにしか動かない右足。その上、足の裏はそっぽを向いている。「何だ、この足は。」と驚いていると、「これなら、装具を付ければ、歩けそうだなぁ。」と私の不安を打ち消すPTさんの言葉に「何だ、たいしたことないようだ。」と勝手に安心したのを覚えています。5分くらいのやり取りだったと思いますが、これが長くお付き合いすることになる、リハビリとの初体験でした。
急性期病院では、その後2回ほど、15分ずつリハビリを受けることが出来ましたが、装具を右足にPTさんがつけてくれて、4点杖を左手に持たされ、説明もそこそこで、歩けることを確認しました。
私はここでは「何とかなりそうだ。」という好印象しかありませんでした。

リハビリ病院

命を救うのが目的の急性期病院から、1ヶ月ほどでリハビリ病院に転院致しました。
ここでは、私がどの程度生活出来るのか?どんな性格なのか?など、最初は観察している様子で、ベッドから車椅子の乗り移る時や、トイレに行く時など、ナースコールで看護師さんを呼んで、見守りをしてもらわないと、勝手に行動してはいけないという制限がありました。
車椅子からトイレに移る際も「早や過ぎる。もっとゆっくりと。」と毎回注意を受けるので、自分なりにゆっくりと動いていたつもりでしたが、それでも「まだ早い。」と注意されるので、行動する前に、「立ちます。」「座ります。」と言ってから動くように、しばらくしていたら、「見守りは、これからは不要です。」とお墨付きを頂いてから、リハビリがスタートとなりました。
急性期病院のリハビリで、装具、4点杖で、とりあえず歩けるのがわかっていたので、早く歩く練習をしたいと思っていたが、私の障害の状態をじっくりと調べる感じの、リハビリ時間が必要な様子で、私は、他の患者のリハビリを、羨ましく眺めていたのを、思い出します。
この時までは、麻痺した体の恐ろしさに、無知だったと思います。

かすかな希望

私がお世話になったリハビリ病院では、主に足担当はPT、手担当はOTでした。PTによるリハビリ時間は、あらぬ方へ曲がったまま、まったく動かない足首を、改善しようとしているのが、すぐにわかりました。
膝や関節は、頼りないものの何となく私の意が伝わるのに、足首より先はまったく応答がない。その時は、なにも知識なく、PTにお任せするしかなかった。ある意味受け身で、他人事のような傍観者のようで、PTの指示に真面目に答えようとするものの、頑張れば頑張るほど手や顔に力が入るだけで、足首は知らんぷり。こんなのは、50年以上生きてきて初体験で、何もできない自分を、情けなく思ってしまいました。

私の感想ですが、PTは、考え方、コミュニケーション力、施術など、個人差が結構あり、世間話が好きで楽しくリハビリ時間を使う人、一生懸命に患者を良くしようとする人、真面目に取り組んでくれるのは良くわかるが、どうしたかったのか?患者が理解出来ない人など、上げればキリがありませんが、男性PTは優しい人が多く、女性PTは熱血漢でスパルタ指導の人が多くいらっしゃった感じです。

リハビリを重ねる中で、私の足首はちっとも動かないと、ほとんどのPTが言うなか、一人の女性PTが、私を仰向けに寝かせ、足首をだらっと、伸ばすだけ伸ばしてから、つま先を上げてと指示すると、かすかに動くように見えると、評価してくれました。
私にとっては、まったく動かないのと少し動くのは、希望が持てるという意味では大違いで、どうせ信じるのなら、良い情報の方が良いに決まっている。
すべてのPTは、患者に良くなってもらおうと、リハビリをして頂いていますが、患者本人がやる気を失っては、良くなるものも良くならないはずです。

装具

私の右足首は、機能を失って立つことすら危険で、それを補うために装具を付けて、安全性を確保して、歩行練習するという方向で進みだしました。
普段は車椅子で過ごし、リハビリ時間にPTが、病院の貸し出し用の装具を、付けてくれてリハビリを行う。そのうち、「このままでは、足首が変な方向に固まってしまうので、装具を付けたまま生活してください。寝る時ですら付けていた方が良い。」と言われ、私に貸し出されました。
車椅子生活から立つ生活は、歯磨き、トイレ、移動など向上しました。それは、障害を一歩ずつ克服するプロセスだと思い、まずは装具を使いこなそうと考えていました。

無謀な挑戦

発症1年の頃、健康保険のリハビリは終了を言い渡されてしまい、自分で何とかするしかないが、リハビリに頼り切っていた私は、途方に暮れていました。とは言っても体調も良くなく、右片麻痺はあまり改善の様子もなく、同じ生活を続けていても、自分らしさは取り戻せないのは明白で、何より毎日が、苦痛で楽しくありませんでした。

最初に思い立ったのは、装具は暑く、通気性が悪く不快で、カッコいい靴などは履けないのが、とても心に引っ掛かっていたので、どうせ自分の人生の責任は、自分で取るしかないと奮起して、外すことにトライすることに致しました。
それまでも家の中では、装具無しで、椅子や机、壁などで伝い歩きをして、右足首が内側に折れてしまわぬよう、少しずつ慣れてきていました。
体調の良い日をねらって試した所、室内と違い室外は、つかまる所が無いため、右足に重心を掛けることが出来なくて、空中に放り出されたようで、怖くて動けません。自分が想像していた以上に困難で、無謀な挑戦だと思いましたが、諦めるのも苦しいのは変わりないことなので、焦らず少しずつ右足首が折れないようにする工夫をしました。

脳卒中で倒れてから今までは、自分だけでなく病院にも迷惑がかかるので、絶対に転倒してケガをしてはいけないと考え、一度も転びませんでしたが、この時期はどうにもならず、人生で一番多く転倒しました。転倒と言っても、立ち直る動作もなく、受け身も無く、ただ棒のように倒れる状態で、右手を骨折しないよう、左手で体に巻き付け、かばうことしか出来ませんでした。幸い骨折なく過ごせたことは、奇跡だったと思います。
もしも、PTなら絶対に、そんな挑戦などさせなかったはずですが、無知というのは、深く考えず突っ走れる、バカさがすごいのかもしれません。

発症8年になって言えること

私の場合、いきなり装具を外して歩くと言うのは、適切なやり方でなかったのは間違いないです。
筋肉や骨格のアライメントを直す。全身の協調運動を再獲得。姿勢保持能力の再獲得。色々な感覚の知覚など、反復練習をして、脳神経可塑性によって全身の機能を取り戻しながら、私の能力に合った装具を、徐々に小さな物からサポーターに変え、安全を確保しながら、時間をかけて進むべきでした。
患者本人の努力や熱意だけでは、どうにも出来るものではなく、脳卒中の後遺症を熟知した指導者による導きが必要です。
しかし、私はそういうご縁に恵まれることが、なかった現実もあります。

発症8年の現在でも、内反尖足やハンマーツーは、少しずつ改善しています。それは、多くのセラピストや関係者のアドバイスなどをありがたく聴き、自分にとってメリットのあることは取り入れ、デメリットのあることは排除するための、基本になる知識の獲得を、喜んでし続けているからだと思います。受け身のリハビリだけでは、自分の望む結果は得られにくく、自分自身の未来まで、他人に頼ることは、本意ではないからです。
そして、自分の脳の中で起こっている学習、修正、記憶など、良いイメージを持ち続けることを意識しています。

通所リハビリ

発症1年2ヶ月過ぎに、介護保険による通所リハビリに、お世話になることになりました。変な歩き方で、ゆっくりとしか、装具なしで歩けませんでしたが、私はひどい歩き方をしているが、装具は必要ないと、通所リハビリで認識されたことは、意味があったと思います。
私のクラスは15人くらいの利用者でしたが、脳卒中での利用者は私を含めて7人くらい、内2人は装具を使用していました。受け入れ側は、施設内での安全には敏感で、装具を付けずに来られた時は、ひどく注意されていました。
リハビリも現状の機能の維持が目的なので、装具着用の歩行は、それが前提になってしまうので、発展性がなさそうでした。
その当時から、負ってしまった障害をなんとか克服したいと考えた私にとっては、そんな些細なことでも、大変重要なことでした。

学習性不使用

私にとっては、装具を使うことによって、歩くことが出来たので、車椅子生活では刺激の入らない、筋肉や関節を活性出来たのは、良かったと思います。
しかし、装具に頼っているうちは、動かせない筋肉は不使用なままで、脳と筋肉を再接続する機会も無くしてしまい、脳のその筋の領域は、縮小あるいは廃用してしまう危険もあります。安全性にこだわり過ぎて、装具に依存しすぎることは、気を付けるべきだと思いますが、判断は慎重にするべきだとも思います。
私が装具を外し半年ほど過ぎた頃に、今装具を付けたらどんな具合か試したところ、やせ細っていたふくらはぎが太くなって、装具からはみ出しきつく、歩くとふくらはぎの上方が、装具に押され、歩きにくかったのを覚えています。
無謀な挑戦で装具を外したことが、自分の足の使い方を、再学習する鍵になったと思います。

感覚情報

装具を付けた場合、足の裏からの感覚が分かりにくく、そのため麻痺足は自分の大事な足なのに、機能が戻りにくい部分もあると思います。
私の場合、麻痺側は、ただでさえ色々な感覚が鈍くなってしまったため、自分の立っている場所が、傾いている、滑りやすい、ぬかるむ、荷重など、情報が少ないと怖くて仕方なかった。
そのうえ歩くときは、踵から滑らかに体重がかかっている位置が移動し、つま先へ抜けていくが、装具は平らなソールなので、自然な歩容とはほど遠い。
上げればきりが無いが、自分の足として、使い方を再学習する上で、感覚は重要だと思います。

シューズ・靴

無謀な挑戦で、装具を外してしまったが、右足の状態は歩くには、機能不足なのは変わりなかった。自分の体の不自由を補ってくれた、装具無しの人生を選んだ以上、身に付ける物には、こだわりが生まれました。
色々とシューズを履き比べてみた所、私が脳卒中前から、お気に入りで持っていたシューズの中でも、それぞれ、履き心地に差があることに気が付きました。
ソールや足を包む部分など、支持性のあるもの、つま先が引っ掛かりにくいもの、それまでは型やデザイン重視で選んでいたが、自分の歩きを補助してくれる、シューズ重視に変わりました。
ソールは幅があり、しっかりしていて、つま先部分が上に反っているものが楽で、足の甲や踵を、しっかりと安定的にホールドしてくれるものを、好むようになりました。
その他、①右手が麻痺のため、ヒモを結べない。②足首が動かないので、甲部分が十分に緩めることが出来ないと、履く、脱ぐことが出来ない。③椅子に座ってでないと、履くときに踵を押し付けられない。④右足の浮腫みが変わり、靴のサイズが一定でない。など、その上、恰好がいい方が好き。
そんな、わがままな要望を満たすシューズは、簡単に出会うことがないので、インターネットで一生懸命に探しました。甲の部分はマジックテープかBoa(ワイヤをダイヤルで締めたり緩めたり微調節できる)タイプで、トレーニング、ウオーキング、テニス、ランニングシューズなど、見つかりましたが、子供用は多くあるのに、大人用はあまりなかったです。
そもそも、私に必要な機能は、子供のニーズと同じだと、気づくことにもなりました。

そんなにこだわっても、装具ほど頼りになりませんでしたが、シューズはこれ以上良い物がないとわかれば、元の体に戻ろうとするには、自分自身を何とかするしかないと、気付く為には、必要なプロセスだったと思います。

私の体験記

内反尖足も下垂足も、ふくらはぎの筋肉が、痙縮してしまっているのが原因なので、ストレッチによって伸ばしてやれば、解決するという単純なことではなかったです。逆に鍛えるという考えも通用しなかった。やみくもに歩いていたって、勝手に治ることも無いと思います。
知識の獲得や忍耐、モチベーションを持ち続けるなど、努力しても私の場合は、1年前の自分を思い出せば、少しは良くなったと思えるくらいしか、改善しませんでした。
しかし、改善を諦めず試行錯誤するうち、色々なキーポイントもあり、発症8年以上たった現在も、確実に改善し続けています。

足は元来、自分の体重を支え、跳んだり、走ったりするよう頑丈に出来ていて、色々な機能は無意識に、自動に働くようになっています。
それを、失うと取り戻すには、仕組みをある程度分からなくては、その方法をイメージ出来る人は、いないと思います。

転倒しないよう歩く

発症1年ぐらいから、装具無し歩行に挑戦したのは、何の根拠や知識もなく、勢いだけでしてしまいました。
歩行について学んでいる最中でしたが、足首が体重を支えない状態を、どうしたら良いかなどを、書いている書には巡り合いません。
私なりに転倒しないで歩くには、足首が折れないようにすることに集中しましたが、足首には自分の意志が伝わらないので、どうにかなる所で補いながら、前へ進むしか方法がないと考え、試行錯誤の毎日でした。
左足に100%依存し、体中に無駄に力が入りぎこちない動きで、歩くことに集中するあまり、障害者独特の動きになっていました。転倒しないことが最優先でしたが、人間らしい歩きを取り戻すという目標は、見失ってはいけないと思っていました。
つま先が内側に向き過ぎ折れてしまわぬよう、地面に引っ掛からないように、電柱に寄りかかって、『ス』の字のストレッチをしなければ、足首のコントロールは出来ませんでしたが、そんなに効果は、持続するものではありませんでした。階段は必ず手すりに頼り、坂道はゆっくりと、右足を確かめるようにしていました。
発症から1年3ヶ月で、通所リハビリにお世話になりましたが、社会の中に入ると、その歩きでは、他人から何か変だという目線が、私に何気なく釘付けになっているのが、気になってしまいました。
少なくとも、他人を誤魔化せる「歩いているふり」を、しようと取り組むことにしましたが、良さそうな方法などを、思いつきしだい試してみるという、全て手探り状態でした。

生活の中のリハビリ

通所リハビリでの、私の最初の担当はOTだったので、おのずと手への関心が向き、上肢の改善を実感するようになっていたが、下肢へのOTのアプローチは少なかったので、自分で考えるリハビリが中心になりました。
どうしたらスムーズに歩けるのか、試行錯誤しながら毎日トレーニングすることは続けていましたが、生活に役立つトレーニングをしようと考えました。
右足首が少しの荷重にも耐えられないので、使い物にならない。ちょっとした物を持つことも、妻に頼っていたが、今はしょうがないけど、いつまでもいけない。
素人考えで、右足に荷重をかけ、内反した足首にストレッチが入り、感覚もわかるようになり、コントロール出来るようになるとイメージして、これが出来るようになったら、生活しやすくなることを試しだしました。
意外と刈払い機や一輪車など、両足と他に支点があるため、バランスが取りやすく、安全にトレーニング出来ることが判明しました。
田舎では町内の奉仕作業などで、刈払い機は必需ですが、リハビリ病院では危険すぎて、あなたは使ってはいけないと言われ、「困ったなぁ。」と思っていましたが、最初はエンジンをかけずに担いでみたところ、三点倒立のようにバランスが取りやすく、平地から慣らしはじめ、緩い斜面でも、左足を低い方にして踏ん張れば、何とかなることがわかりました。
又、一輪車も同じくバランスは取りやすいものの、押す作業では、右足も踏ん張れないといけなく、ゆっくりと右足首に注意を集中し、感覚を確かめながら行いました。
作業は一割、リハビリ九割という気持ちで、効率よりも、生活で使える足を目指して行いました。毎日同じ所を歩くだけよりも、心に張りが出たことや、目新しいことをすると、楽しさや、リハビリの効果はプラスになりました。

後脛骨筋

発症2年過ぎから、通所リハビリで担当者が、OTからPTに変わりました。下肢中心の、色々なアプローチをして頂き、半年経った頃、PTから、「後脛骨筋が、内反に強く関わっているのは間違いないと思う。しかし、ふくらはぎの大きな筋肉の下で、直接触る事は出来ないが、内足首の後ろ側だけ、足の表面からアプローチすることが出来る。しかし、非常に痛みを伴いますが、やってみる価値がありますが、どうしますか?」と言われ、早速お願いしますと返答し、行いました。
うつ伏せだったので、どうやっていたのか見えませんでしたが、激痛で長く感じましたが、2~3分だったと思います。2か月後にもう一回。計二回行って頂きました。
結果は、内反の角度が少なくなり、足首が外側に逃げて折れることも減り、大変歩きやすくなりました。
それまでは、運動療法やストレッチ位しか知りませんでした。その上、努力した割に、効果は見えにくかった。
セラピストの専門知識による、ピンポイント的な施術をして頂けたのは、初体験でした。今までに感じたことのない、劇的な改善を実感することになり、私のリハビリに対する考え方に、大きな影響をもたらしました。
ヤル気や努力を積み重ね、麻痺を克服という情熱も、大切に継続しなければいけないが、もっと効率の良い方法や技術も世の中にあるが、巡り合うために、探し求める努力も、必要だと思いました。

踵骨

発症4年過ぎ、自費で国家資格のマッサージ師の、リハビリを受けた体験です。
その方はPNF(運動療法)を、主に行っていました。何回か施術をしてもらう中で、内足首の組織が短縮していて、足を内反させているのを、直したいと取り組んでくれていました。どのようなメカニズムなのか、レクチャーしてもらう中で、私の右足の踵骨、距骨下関節、距腿関節など、アライメントを直したいと説明されました。
しばらくの間、他人の足を観察すると、皆少しずつ違うことに気付きました。足を真後ろから見ると踵が、八の字や逆八の字など、正常な方でも個性がある。踵は荷重を真っ直ぐに支えていると思い込んでいたが、そうではなさそうでした。
マッサージ師が手で、私の足首を修正しようと、やっきになっているのを拝見しているうち、手の縮こまった組織を緩めるのに、効果が有った超音波治療器なら、もっと楽に出来ると思い、私がやってみることを提案いたしました。
内くるぶしから踵骨の先までと、土踏まずの所までをするようにと、伝えられ実行すると、結構痛みを感じ、回を重ねるごとに、緩んでいくのがわかりました。
一か月も続けると、マッサージ師も驚くほど改善しました。歩行も安定して、何となく踵から、つけるようになりました。
そして、足首が少し柔らかくなり、長靴が履けるようになりました。

ゴルフ

発症5年頃になると、内反尖足、下垂足、ハンマーツーは、だいぶ改善したものの、私自身は違和感が、まだ相当にありました。
「歩く足音や歩容、踏ん張る時は、靴の中の足は丸まってしまいました、荷重を左右の足で協力して支えない、など。」
日常生活を送るには、問題は少なくなりましたが、回復途中で、本人がこれで十分と思えば、それで、回復は終わってしまうと思うが、諦めるにはもったいない時期だと思います。
そんな中、私の場合はゴルフをすることが、麻痺側の機能を取り戻すきっかけになりました。
足首に関しては、スイングをする上で、荷重を支える、ボールを飛ばす動きの中の、重心移動や蹴りなど、内反尖足などが十分でないが回復したので、トレーニングすることが可能になりました。

意識などしなくとも、オートマチックに動く機能を、足は持っていて、それを再学習させるにも、スポーツをすることは、日常生活を過ごすだけでは得られない、機能も呼び覚ますと思います。
私の場合は、ゴルフの練習をすると、大変歩きやすくなることが、起こりました。毎日歩くトレーニングをしていましたが、それだけでは、足の機能を回復させるには、足りない感じで、スポーツのような刺激のある運動をこなそうとすることが、一段高い機能の獲得を、促したように思います。

柔道整復師

発症7年10ヶ月頃、背中や腰が2~3年前から故障に悩まされていたのを、何とかしようと、柔道整復師の所へかかることにしました。
左右の足が、荷重を均等に支えていないため、体の動きの癖となり、背中や腰に負担がかかったのが、原因だろうという見立てでした。体中の凝り固まっている筋肉への、施術をして頂きましたが、一番気になったのは、足首だったようです。足首にテーピングを施してくれたのですが、脳卒中の後遺症に関しては、本来、柔道整復師は専門外で、私のような患者は、接したことがあまりないようでした。
足首の痙性が強く、男性2人掛かりで、一生懸命に施してくれましたが、足首が本来の機能を取り戻したのではないかと、感じるくらい調子良くなり、いつまでも付けていたいと思いました。
しかし、2日もするとかゆくなり、3日目にははがさざるを得なくなってしまいました。
私がテーピングの好感想を伝えると、同じアシスト機能を持つ『足首サポーター(アシブラ)』を発注してくれました。それは取り外し自由で、目立たず、かぶれもしません。

このサポーターのアシスト力でも、効果を感じられるほど、改善してきたことを改めて感じました。
又、サポーターの影響で、使えていなかったところに、刺激が入ることで、改善が進むとも感じます。
柔道整復師は、脳卒中の後遺症に対して、専門知識を持たない分、偏見も無く、目の前の患者に、必ず良くなって頂こうという、取り組んで頂けるのが有難く思いました。

歩行とロッカー機能

私は、やっと発症8年経って、通常歩行者と同じくらいの速さで、歩けるようになりましたが、歩行速度や歩ける距離が弱い内は、どのようなトレーニングをしたらよいのか、苦労いたしました。
歩行者信号が青のうちに、道路を渡りきれないで、焦って大汗をかいていたのを、今も思い出します。
片麻痺で色々な問題がある中で、足部のことでは、麻痺側のロッカー機能の低下が、大きいことを知りました。その仕組みを上手く使えないため、筋力だけで前に進むことになり、エネルギーロスが大きく、非効率な歩行になってしまっている。
ただひたすら歩くトレーニングをするだけでは、ロッカー機能を再獲得することは難しく、足のアライメントを整えながら、正しい運動感覚を、学習する必要がありました。
内反尖足、下垂足、ハンマーツーなどを、ある程度回復させなくては、トレーニング方法をイメージすることすら出来ない程、足の機能が整うことが重要でした。

ロッカー機能

歩行において、足部の回転軸が、前へと転がる仕組みによって、前方への推進力を生む。

〇ヒールロッカー(踵ロッカー)
私は麻痺足の足音だけペタペタと響き、どうにも出来ず、それだけでも障害者という負い目になりました。
「踵から付いてください。」とPTさんから指導されていたが、どんなに努力しても難しいことでした。
歩行周期の中でも、最も接地時に大きな衝撃が身体に加わるので、衝撃吸収と落下してきた重心を受け止め、前方の推進力に利用されます。踵の形状を使って前方回転させます。ヒールロッカーだけが関節以外の所で回転運動を起こしています。
ふくらはぎの筋肉の痙性や距骨下関節などを改善させてから、膝を伸ばし踵から接地する意識が重要でした。

〇アンクルロッカー(足関節ロッカー)
距腱関節面上で距骨に対して、下肢が前方に転がる。
距骨には筋肉が付着してないので、意識して動かすことが出来ないため、自然に起こっているようですが、痙性の影響で筋のバランスが悪く、関節のアライメントが狂い、機能不全になってしまいました。

〇フォアフットロッカー(前足部ロッカー)
身体は中足指節間関節を中心に回転します。
「母指球で踏み切って。」とPTさんから指導されましたが、足首が外側に折れないようにするのが精一杯で、出来ませんでした。

人間の歩行は足が地面に接地した時、踵の骨で前に転がり、くるぶしや足指の関節部分が支点となり、重心が前に移動していきます。この機能が上手く動かないと、重心移動で前に進めず、筋力だけで前に進むことになりエネルギーロスが大きくなり、歩行速度の低下や疲れやすさになるということです。

踵接地と蹴り

私は、歩行の中で、蹴りがないと、色々なセラピストから指摘され続けていました。私自身も克服しようと、試行錯誤していましたが、なかなか要領がわからず、進まずにきました。
麻痺足の足首の機能を改善させ、だんだん荷重を掛けられるようにならないうちは、自然な歩行の中で起こる、蹴りなど出来ることはなかったと思います。
足は意識しなくても、自動で動く機能が多くあるということを、健康なうちは当たり前のことなので、自覚がありませんでしたが、一旦失うと、どの様にしたら元通りになるのか?その術すら、イメージ出来ませんでした。私の場合は、段々と回復が進み、発症から8年近く過ぎた頃、やっと蹴りについて気付いたことがあります。
踵から接地し、荷重を受け止めながら重心を前へ動かし、踵が地面から離れるのを出来るだけ我慢すると、自然に蹴りが起こることに気付きました。当然、膝関節、股関節、骨盤の向き、色々な筋肉の働きなども関わります。

今は再獲得する過程なので、はっきりしたことは言えませんが、本来は足というものは、自分が立つや歩く、走る、と思うだけで、特別な意識などなくても、自然で一般的な動きになるのが、普通であるようです。今は、意識すれば出来る状態を、運動感覚としてトレーニングして、それが、無意識になるのが、普通に戻ったという事に、なるのではないでしょうか。

パワープレイト

発症3年過ぎに、通所リハビリのPTさんから、面白い機械があるので、乗ってみて下さいと、案内されたのがきっかけです。多分、導入したばかりで、色々なデーターが欲しかったようでもありました。パワープレイトというのは、振動を用いたトレーニングマシーンです。
私は先入観念も無く、ただPTさんに色々な姿勢を指示されるまま、パワープレイトを10分くらい試しましたが、その時に気付いたことは、麻痺した右側の体は、振動が伝わりにくいということと、終わった後は、体の動きが軽くなり、歩きやすくなり、半日くらいは持続するようでした。
その後、3回ほど乗せてもらう機会がありましたが、麻痺の改善の助けになることを確信したため、簡易版のパーソナルパワープレイトを、購入致しました。
それまでは、運動療法的なリハビリしか知らず、努力や忍耐が必要で、大汗をカキカキ、麻痺の改善に取り組んできましたが、パワープレイトに乗るだけのことで疲れはせず、乗っていればそれだけで、短時間で色々と良い効果を感じられるのが、私のリハビリに対する思いが、革命的に変わりました。
私のパワープレイト使用感を書きます。

体を緩ませる

朝、目覚めた時の麻痺側は、棒のように固まって重く動かなく、午前中いっぱいは、準備運動やヤル気のスイッチを入れる為の、余熱時間が必要でした。しかし、パワープレイトに乗ると、3分ぐらいで体が楽になります。
私の感じでは、パワープレイトの振動によって、血流などが良くなり、強張った筋肉や関節に刺激が入ったことによって緩み、動きやすくなると思います。
特に内反尖足や下垂足などの問題は、転倒リスクが高く、少しでも痙性の影響を減らし、足を安定させるには、うってつけでした。

バランス感覚

内反尖足によって、足裏が床面にきちんとつけず、体重がどこにかかっているか?床面は柔らかいのか?滑りやすいか?傾いているか?などの情報がよく分からないため、バランスを崩しやすい。
麻痺足の足底、足首、ヒザ、股関節、骨盤などが、荷重を支えている、一体感が分からないなど、私の足とゆう、感覚が鈍かった。
振動が刺激になって、感覚を感じるリハビリになりました。それによって、バランス能力は向上したと思います。

痺れやケガ

足の裏が分厚くなったような、痺れているような不快感や、ちょっと動きすぎると、体のあっちこっちが痛み出し、運動意欲が低下し、休まなければならなくなりました。
そんな時には、強い味方になってくれました。ただ、パワープレイトに、気楽に身を任せておけば良い。
脳卒中の後遺症を克服する上では、痺れや痛みと上手く付き合うことが、大変重要だと思います。

 

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